北海道教育大学
青陵会

胆振支部
平成21年度 支部役員
役 員 名 氏       名    勤  務  校    
顧   問






  斉  藤   正  松
  山  口   政  忠
  野  宮   俊  一
  高  橋   政  雄
  近      政  春
  後  藤   隆  夫
  三  木   義  勝
  岡  田   利  實
  青  木      漠
  三  瓶   直  美
  吉  永   康  人
  高  山   康  夫
  
 道青陵本部監査   堀      泰  造 室蘭市立高砂小学校長
4区副会長   高  山   康  夫 
支 部 長   高  橋   啓  夫 安平町立早来小学校長
副 支 部 長   齋  藤      茂 安平町立安平小学校長
  武  田   直  樹 苫小牧市立泉野小学校教頭
  中  西   広  満 登別市立鷲別小学校長
  能 代 谷       功 室蘭市立本輪西小学校長
  藤  田   咲  美 伊達市立星の丘小学校長
監   査   堀      泰  造 室蘭市立高砂小学校長
  泉  澤      明 室蘭市立高平小学校長
理 事 長   古  瀬   達  郎 室蘭市立八丁平小学校教頭
会 計 長   石  田   靖  人 室蘭市立中島小学校教頭
 研修部長
   副部長
  飯  田      治 室蘭市立陣屋小学校長
  高  島   康  範 室蘭市立白鳥台小学校教頭
 組織部長
   副部長
  島  崎   由  裕 伊達市立光陵中学校長
  新  谷   雅  宏 伊達市立長和小学校教頭
 厚生部長
   副部長
  安  部   正  則 白老町立竹浦小学校長
  佐  竹   秀  行 白老町立虎杖中学校長
 広報部長
   副部長
  野  村   治  男 むかわ町立仁和小学校長
  六  渡   幸  二 安平町立安平小学校教頭
『あなたでも 私でもない自分』

 
                  青陵会胆振支部長  高 橋 啓 夫
 
 新学習指導要領が23年度から実施され、先行実施が今年度からスタートしている。現場では猫の目のように変化する教育行政に戸惑うゆとりもない現実がある。加えて今年はリーマンショックから始まった世界同時不況による生活不安、子どもたちを直接襲って今も流行が続いている「新型インフルエンザ」等息つく暇もないとは今年のようなことを言うのだろう。
 先日、特別支援学級の授業を参観する機会があった。児童一人、教師一人の授業であった。自己紹介を半具体物(絵や写真で)を使って練習していたのだ。「○○君はりんごが好き」「○○君は自転車が好き」などとことばに出して言うのである。私は見ていて何も疑問を感じなかったのだが、もう小学校の高学年であるから「僕は」とか「私は」から始まったほうが紹介文としては良いはずである。しかし、この子にとっては「○○君」なのである。「僕・私やあなた」などの代名詞では自分であることを認識できないのである。「あなたや私」は他に沢山いる存在なので自分かどうかわからない。だから授業では「○○君」だったのだ。
 このことを理解したとき、自分の無理解を恥じ、この実践こそが「ひとりひとりの教育的ニーズに応じた指導や支援」という特別支援教育の理念なのだと実感した。ひとり一人の教育的ニーズを理解し、個別の支援計画を立てることは普通学級の教育指導にも大切な要素であるはずだ。
 教育とは「人格の完成を目指す」ものであるはずであり、競争原理を利用して生きる意欲を引き出させるのは、取り組み方法としては考え直すことが必要である。
 人は多かれ少なかれ、様々なインクルージョンをもつものであり、それを補い合って生きて行くものである。見せかけだけの優しさや思いやりでは人類の未来も怪しい。
 今年度ご勇退される先輩諸氏が教職に就いた昭和47年頃は田中角栄総理の「日本列島改造論」で世の中は列島を耕し、金儲け至上主義でありました。そのような中、子ども達の心を耕すことの大切さ、誠実に生きることの素晴らしさを後輩である私たちに実践を通して伝えてくださいました。それは後輩として大きな目標であり心の支えでもありました。今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。どうぞこれからは「あなたでもない私でもない自分」のために健康に留意され、ますますご活躍ください。
 また、今後とも青陵会の充実・発展に向け変わらぬご指導ご鞭燵をよろしくお願いいたします。
                       (安平町立早来小学校長)

会員の声
          『すべての出会いに感謝』

安平町立安平小学校長  齊 藤  茂

不出来な人間には相応しい社会人としての出発だったかも知れません。教師に本当になりたかったのかどうかさえ、正直、今となってはわかりませんが、何となく採用試験を受験し、見事に不合格となりました。それでよかったんだと今なら言えますが、その頃は大変だったのです。
 幸い、学校事務職員として道立追分高校が私の社会人としての最初の職場となりました。
 私は運が良かったのだと心から思っています。教員採用試験を突破することの大変さを知ることが出来たことは勿論のことですが、それ以上に、事務職員の目から見た学校教師の姿は極めて客観性があったようで、「この人は教師をやめた方がいい」という確信にも近い教師としての理想の姿を、何となくですが思い描くことが出来たようです。
 採用試験に合格するまで5年の月日を要しましたが、この期間は人間としても未熟だった私には丁度良い人間修行の時間だったかも知れません。
 バドミントンというスポーツを通して高校生と触れ合い、一緒に汗をかき、語り合ったりすることが出来ました。年齢も近かったから結構本音で教師のこと、親のこと、友達のこと等、話してくれる生徒達から学んだことは、今日まで、私の教職の中で活きていることを実感することが出来ます。
 教師として最初に赴任したのが宗谷管内礼文町立香深井小学校でした。正直びっくりしましたが、妻が快諾してくれたので不安は露程でもなく、複式3学級の小さな学校には、汚れなき童達がおり、教師の頑張りには無条件で支援してくれる地域の大人達がおりました。礼文には5年間おりましたが、毎年3回、指導主事を迎えての授業研究を始め、厳しい教頭先生からは私の授業をいつも罵倒して頂きました。まさに私の教師としての原点だったことを、今は「何と運のいい教師人生だったろう。」と懐かしく思い起こすことができます。
 その後の教師生活は、悲しく、すさまじく、楽しかったようです。白老町立萩野小、苫小牧市立緑小・明野小学校と児童数千人規模の学校に15年、その後管理職として、鵡川町立田浦小、早来町立安平小、鵡川町立花岡小、虻田(洞爺湖)町立花和小、そして安平町立安平小学校で10校目となりますが、正直、よくやってこられたものだと思います。
 数え切れないトラウマが頭を過って眠れない夜もありましたが、今は、『教師が安心して子どもと真剣に向き合うことのできる環境整備が最大の使命』という思いを貫くために、残り少ない教職生活を心残りのないよう過ごしたいと考えています。人は一人では何も出来ないもの、その意味で素晴らしい出会いに心から感謝しています。ありがとうございました。

           『生かされて』

伊達市立星の丘小学校長   藤 田 咲 美

室蘭市、登別市、伊達市、そして旧洞爺村の三市一村で、教職の道を進んできました。子ども、家族、地域の方々、そして職場の人々一と、実に多くの人と出会うことが出来ました。そのことが自身の血になり肉になっているのだと思っています。
 知利別小学校からスタートした室蘭時代は、組合員であることに誇りを持っていて、何もかもが楽しい毎日。学級経営が面白く、すばらしい先輩が多かった国語教育にはまったものです。教材を深く読み取ることで見えてくる世界、音声化させることで全員の理解がより効果的になるという実践研究、どれをとっても私の礎になるものでした。
 当時はどこの学校にもスペシャリストがいて、真似ぶことが出来ました。校内研修では口角沫を飛ばすの状況ですから、真剣に参加せざるを得なかったんですね。どんなことでもアドバイスをいただけた時代です。パソコンやワープロが主流になっても、職員室での話題が豊富で、いい風土があったように思います。
 ある日、松尾校長先生にお誘いいただいて、先輩女性教職員の集まりに参加することになりました。きらきら輝いている皆さんの考えや実践をお聞きして、すごいなとは思ったものの、自分の生き方に引き寄せることはありませんでした。
 主人の病の発覚、看護、そして葬送と、どん底に落ちていた時に言葉で言い表せないほど、周りの人たちに手を差し伸べていただきました。自分は一人ではないということ、待っている子どもがいることをどんなに心強く聞いたことでしょう。それでも、室蘭にいて同じ風景を見ることの辛さから逃れるように、伊達に異動したのです。
 それから青陵の学習会に足を運び始めたのです。同窓会の学習会で、平川先生の講義を受ける機会をいただき、論文の書き方や、教育情勢のとらえ方と経営について学びました。諸先輩のお話を聞く機会が多くなって、教師として、人としての姿勢を教わることが出来ました。戸惑いの中にいるとき、いちいの会の先輩が、手を取って導いてくださったのです。
 教頭になったとき、二人の力ではない。先輩や周りの人たちが力を貸してくださった」と、あらためてお聞きしました。けして自分が管理職に相応しいとは思っていませんから、嬉しいお話でした。後継者育成と言ったときに、最初から「力」のある人なんていない。どう育てるかなんだという持論の根拠にしています。お返しをしなければならないのに、なかなか人を育てられないまま去っていくことは心残りですが・・・。
 人は一人では生きていけない。人との出会いによって、いろいろなチャンスをいただき、輪を広げて生きる。それがもっとも苦手な子ども達に、味わわせられる教育を最後まで貫きたいものです。


       『振り返ってみれば・・・・』

室蘭市立本輪西小学校長   能代谷   功 

初任の勤務校がなかなか決まらず希望寮で待機していた私に、洞爺村の大原小学校に決まったとの電話が入ったのは、昭和47年3月の末。
 早速、翌々日には室蘭から洞爺湖温泉行きのバスに乗った。洞爺湖温泉で倶知安行きに乗り換え、大原へ。バスは洞爺湖畔から武四郎を上り、高台の230号線に出る。その国道沿いに大原小学校があった。今では遠い感じはしないが、その時は後志まで来てしまったかと思う程に遠く感じた。
 3・4年生の複式学級。12名の児童の担任として、教員生活が始まった。教育実習の経験のみ、複式学級の授業は見たこともなかった。指導主事あがりの校長は、国語と算数の授業を2時間ずつ3日間、自分が指導するからと、参観させてくれた。
 毎日の教材研究はわたり・ずらしを考え、間接指導時の課題づくり。そして、週末には週案作りなどで忙しく、充実した毎日を過ごしたのが懐かしい。
 子どもたちは先生の子どもを除き、みな農家の子どもたち。たくましさがあった。教え方がまずくても、どこからも苦情はこなかった。大らかな時代だった。
 でも、僻地は僻地。店一軒ないところでの暮らしは淋しい。そのような中で、秋に大滝の方に研修で来ていた研究室の教官や後輩が来校し、激励してくれたことは忘れることができない思い出である。
 その頃は3年僻地で頑張れば、次は利便地へということになっていたと思う。その後、白老の虎杖小、室蘭の高砂・大和・中島・東園で一般教諭として勤務。そして早来安平で教頭、虻田の花和・壮瞥、室蘭の本輪西で校長として各3年勤めてきた。過ぎてしまえばあっという間の38年だった。
 また、ありがたかったことは転勤していく先々の学校には、必ず同窓の先輩や後輩が何名かいたことである。力不足の私に、いろいろと指導・支援をしていただいことも忘れられない。
 私が青陵会の歓迎会・忘年会・送別会などに、顔を出させていただくようになったのは、校長になってからのごく短い期間。もちろん同じ市町村に同窓の先輩がおり、お世話になっていたが、なかなか足が向かなかったことを心苦しく思っている。
 今、勤務している学校にも同窓の若い先生がいる。幸いみな溌刺とした仕事ぶりで、同窓として頼もしく、うれしく思う。でも、なかなか青陵会には足が向かない。私自身もそうだったが、残念なことである。
 そして、今、岩見沢分校が完全に音・美・体の新課程の学生だけになったとのこと。今後の同窓会の方向も、「親睦と資質の向上」に変更したとのこと。これまでとは雰囲気も違ってくるだろうが、幅広く多くの同窓生が参加しやすくすることは良いことと思う。ますますの会の発展を期待しているところです。


21年度  基本方針および事業計画

1.基本方針 

 胆振青陵会は,管内5地区を基盤として,本部との連携を図り,組織としての連帯感や力量を高めることを願い,「親睦と資質の向上」をモットーに結束を図ってきました。21年度におきましても,これまで先輩諸氏が築いてこられた青陵会の胆振支部の活動を後退させることなく,会員相互の連帯感を強化しつつ,本会が尚一層,充実発展するために,活動の重点を次のように設定し,事業を推進してきました。

2.活動の重点
 (1)組織の活性化(組織部)
 本会を構成する会員を完全に掌握すると共に,各事業への参加が少ない女性層。若年層の母校愛と同窓意識を高揚させるためにも,魅力ある同窓会へと発展させなければなりません。そのためにも,地区ごとの連携を一層深めながら,会員の理解と協力を積極的に求め,組織の活性化に努める必要があります。尚,今年度につきましても早期に会員名簿を作成し,組織の整備や財政の確立を図っていきます。
 (2)研修活動の充実(研彦部)  〉別項参照

 (3)各種交流会の充実(厚生部・各担当地区)

 交流会は,会員相互の親睦と福利厚生ならびに研修の充実を活動の軸として実施してきましたが,今後さらに会員相互の連帯感を強めていく必要があります。そのためには,会員相互が積極的な呼びかけをし,より多くの会員の参加を目指した魅力ある交流会を計画していきます。

     平成21年度は,下記の地区が主管となり,以下の交流会を開催します。
      @ 総会・懇親会      室蘭地区
      A 夏季合宿研修会・懇親会 西部地区
      B 忘年会         苫小牧地区
      C勇退激励会        中部地区

 (4)広報活動の活発化(広報部)

 本会の組織化及び活動の活発化と会員相互の意思疎通を深め,親近感や連帯感を強めるよう親しみやすい広報誌「青陵いぶり」の発行を計画していきたい。           
3.活動計画
 5月16日(土)   道青陵総会(岩見沢市)
 5月23日(土)   支部総会・懇親会(室蘭: ホテルサンルート室蘭)
 6月 6日(土)   第1回研修会〈開講式〉(登別市:婦人センター)
 8月2−3日(日・月)夏季合宿研修会・懇親会(洞爺湖町:北海ホテル)
12月 5日(土)   忘年会(苫小牧:ホテル ニュー王子))
 1月23日(土)   勇退激励会(登別:万世閣)
 1月         「青陵いぶり」発行


平成21年度 研修部活動方針及び活動計画

1.活動方針
 会員の職能研修・後継者育成のための研修を推進する。各会員は胆振の教育に寄与することを常に自覚し、次の方針の下に研究推進に努める。

(1)胆振の教育に責任を持って担う人材の育成に努める。
(2)研修部を中心とした計画的・組織的な活動の推進に努める。
(3)学校改善にための具体的方策を土台にした研修を深める。
(4)関係団体(道蕎陵)との連携を密にするなど、的確な情報(教育の今日的な課題等)
  の把握に努める。
(5)会員の親睦・交流を深める活動にも積極的に取り組む(宿泊学習会等)。

2.活動内容(留意点)
 ○学校改善に向けての職能研修と、採用・昇任に関わる対策研修を行い、効果的・効率的
  に研修会を開催する。
 ○職能研修は、現職校長を講師として研修を進め、研修部が中心となって企画・立案する。
 ○対策研修は、道青陵本部からの講師を招き、論文学習の充実を図る。
 ○広く人材の育成に努めるくミドルリーダーの育成・準会員との連携〉。

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